2036


2036年(令和17年)
       
       
       


・(2月12日)100年前(1936年)のこの年に創業されたロシア菓子専門の神戸モロゾフ洋菓子店(元々は白系ロシア人であるモロゾフ一家が、神戸で経営していたチョコレート店 モロゾフ家は裁判の結果、商標権を放棄せざるを得なかった)が、英字雑誌に日本初のバレンタインチョコレートの広告を出す「モロゾフ」はドイツ菓子メーカー「ユーハイム」と並ぶ神戸2大ブランドの一つ


・100年前(1936年)の日・中情勢
・1936年2月26日 「2・26事件」大日本帝国陸軍の青年将校21人が下士官・兵士1483人を率いて、首相官邸、警視庁などを襲撃したクーデター未遂事件
*題材映画「叛乱」(佐分利信1954)、「重臣と青年将校 陸海軍流血史」(土居通芳1958)、「貴族の階段」(吉村公三郎1959)、「二・二六事件 脱出」(小林恒夫1962)、「憂国」(三島由紀夫1966)、「戦争と人間 第二部 愛と悲しみの山河」(山本薩夫1971)、「戒厳令」(吉田喜重1973)、「動乱」(森谷司郎1980)、「226」(五社英雄1989)、「斬殺せよ 切なきもの、それは愛」(須藤久1990)
・1936年に陝西省延安に根拠地を定めた中国共産党の毛沢東は、蒋介石と手を結び(第2次国共合作)、従来の組織を中国共産党中央革命軍事委員会「八路軍」に改組 1937年7月7日(盧溝橋事件/七七事変)に始まった日中戦争で、日本軍へのゲリラ戦中心の抗日戦線を展開 1938年には長征時代の妻賀子珍と離婚し、不倫の上で上海の元女優江青と結婚
・1937年7月07日 北京の西南の盧溝橋で日本軍と中国国民革命軍が衝突(盧溝橋事件 七七事変)、支那事変(日中戦争)の直接の導火線に その後、大紅門事件、廊坊事件、広安門事件、通州事件(日本居留民虐殺事件7月29日)、大山大尉事件等が続発 第二次上海事件が勃発し日中全面衝突へ
*題材映画「戦争と人間 第二部 愛と悲しみの山河」(山本薩夫1971)、「沈黙の鉄橋」(リー・チェンクァン、シャオ・クイユン1995)
・1937年12月13日 日本軍が中華民国の首都・南京市を陥落し占領 2か月にわたって中国軍の便衣兵、敗残兵、捕虜、一般市民などを虐殺した「南京大虐殺論争」が今でもある
*題材映画「戦争と人間 第三部 完結編」(山本薩夫1973)、「南京1937」(呉子牛1998)、「黒い太陽 南京」(ムー・トンフェイ1995)、「南京」(ビル・グッテンタグ2007)、「南京 引き裂かれた記憶」(武田倫和2007)、「チルドレン・オブ・ホァンシー 遥かなる希望の道」(ロジャー・スポティスウッド2008)、「南京の真実 第一部 七人の死刑囚」(水島総2008)、「南京!南京!」(陸川2009)、「ジョン・ラーベ」(フローリアン・ガレンベルガー2009)、「金陵十三鎩」(チャン・イーモウ2011)
・1937年12月15日 コミンテルンの反ファシズム統一戦線の呼びかけに呼応して日本で人民戦線の結成を企てたとして労農派の代議士、運動家、大学教授などが検挙 治安維持法違反で起訴される(人民戦線事件)思想弾圧が目立つようになり1938年に国家総動員法が成立
・1936年 広田内閣「満州開拓移民推進計画」決議 昭和恐慌によって日本の地方農村は疲弊と困窮を極めており「王道楽土」や「五族協和」などのスローガンを掲げ多くの人々を「開拓団」として送り込んだ 1942年以降は戦局の悪化による兵力動員で成人男性の入植が困難になり、15歳から18歳ほどの少年で組織された「満蒙開拓青少年義勇軍」が主軸となる 現地で軍事訓練を受け、主にソ連国境に近い満州北部に入植する
 満州開拓移民の総数は27万人~32万人といわれ、ソ連の参戦でほとんどが国境地帯に取り残され、引き揚げの途中で多くの死者、行方不明者、収容所での感染症による病死者を出し、日本に帰国できたのは11万人余り ソ連に捕えられシベリア抑留者となった入植者の帰国は困難を極めた 大陸から帰国した「引揚者」は敗戦後の混乱の中、帰国後の居住の当てもなく、苦難の生活を余儀なくされる
*題材映画「流れる星は生きている」(小石栄一1949)
・中国国民党軍、1938月6月、日本軍の進撃を止める目的で「黄河決壊事件」を起こす 犠牲者は数十万人に達し、農産物に与えた被害も大きい 1938年11月13日、湖南省長沙で放火事件「長沙大火」日本軍に対して何も与えないための焦土作戦(または、長沙滞在中の周恩来らの暗殺を目的とする説もあり)古都長沙は廃墟となり犠牲者は2~3万人
・1939年5月12日、大日本帝国陸軍、ソ連陸軍とノモンハン事件(ハルハ河の戦闘)で衝突し、ソ連の機動部隊に惨敗 7月には、米が日米通商航海条約を破棄 8月には独ソ不可侵条約締結 1940年9月日独伊三国同盟結成 10月大政翼賛会成立 1941年4月日ソ中立条約締結
・1933年から満州にて研究を開始した関東軍防疫班、関東軍防疫部として平房(ハルピン南方24km)に移転 1940年に関東軍防疫給水部(本部:満州第731部隊(石井部隊))に改編(ハバロフスク極東軍事裁判記録等によると)関東軍憲兵及び特務機関が逮捕した3000人に上るロシア、中国、モンゴル人およびその家族等を“丸太”と呼び様々な人体実験の“材料”とした
 終戦期に日本に帰還した731部隊幹部は戦後、戦犯免責と引き換えに研究資料を米軍に引き渡す また、官職に就く者も多かった


・(3月11日)100年前(1936年)のこの日、小説家 夢野久作(47)、急死した父の莫大な負債の整理と、父の愛人たちへの補償に追われながら死す 1935年「三大奇書」の一つ「ドグラ・マグラ」刊行


・(5月18日)100年前(1936年)のこの日、阿部定事件
*関連映画「明治大正昭和 猟奇女犯罪史」(石井輝男1969)、「実録 阿部定」(田中登1975)、「愛のコリーダ」(大島渚1976)、「SADA」(大林宣彦1998)、「JOHNEN 定の愛」(望月六郎2008)、「阿部定 最後の七日間」(藍染恭子2011)


・前年(1935年)のノーベル賞受賞者(ドイツのジャーナリスト・平和運動家)カール・フォン・オシエツキー(ゲシュタポによって強制収容所に収容中に受賞 ベルリンオリンピックを前に病気を理由に 収容所からは釈放)改めて ノーベル平和賞を受賞(1938年5月4日 拘留中にかかった結核で死す)
・(7月17日)「スペイン内戦」勃発
・(8月01日)開催地選定に敗れたスペイン政府が ベルリンオリンピック参加をボイコットし 同日に計画した「人民オリンピック」(バルセロナ)は「スペイン内戦」により開催中止に
・(8月01日)100年前(1936年)のこの日、第11回夏季オリンピック、ベルリン大会(ヒトラーのオリンピック)開幕
*題材映画「オリンピア(「民族の祭典」「美の祭典」の二部構成)」(「ナチスのお抱え監督」レニ・リーフェンシュタール1938)、「栄光のランナー 1936ベルリン」(スティーブン・ホプキンス 2016)
・ナチス政権下、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団で常任指揮者(1922年~1945年)を務めたドイツの指揮者ヴィルヘルム・フルトヴェングラー、1934年ヒンデミット事件でナチスと対立 ユダヤ人家系のメンデルスゾーンをとりあげたり、ユダヤ人演奏家への援助に尽力、また、オーストリア併合後、ナチスによるウィーン・フィル解散を阻止 1945年2月スイスに亡命 1947年「非ナチ化」裁判の無罪判決を受け1952年から終身指揮者(1954年11月30日死す68歳)
*題材映画「テイキング・サイド」(ロナルド・ハーウッド2001)
・ナチス政権が成立すると、ユダヤ系の指揮者ブルーノ・ワルターへの迫害は強まり、ドイツを追われウィーンへ移住、オーストリアが併合されるとスイス、そしてフランスへと、さらに1939年に米へ逃れる 戦後は1947年から1949年の間はニューヨークフィルの音楽顧問を務めるなどして欧米で精力的に活躍(1962年2月17日死す85歳)
・(12月00日)「ヒトラーユーゲント法」成立 ヒトラーユーゲント(ナチス党内の青少年組織)への青少年全員(10歳から18歳)の加入が義務づけられ他の青少年団体は禁止に 抵抗するグループとして「エーデルヴァイス海賊団」「モイテン」「スウィング・ボーイ」等が成立


・(10月19日)100年前(1936年)のこの日、中国の作家 魯迅(55)、死す
*原作映画「祝福」(桑孤サン・フー1956)、「薬」(呂紹連ルー・シャオリァン1981)、「阿Q正伝」(岑范ツェン・ファン1982)
*題材映画「魯迅伝」(王相武1981)



 

       
       
・今年の漢字は、「」、流行語大賞は、「」
・第92回ヴェネツィア映画祭金獅子賞「
・第88回カンヌ映画祭パルム・ドール「
・第85回ベルリン映画祭金熊賞「
・第109回キネマ旬報ベストワン「」()、「」()
・第108回アカデミー作品賞「」()、国際長編映画賞(旧外国語映画賞)「」()
・第77回グラミー賞最優秀アルバム賞
・()がノーベル文学賞受賞
・()がノーベル平和賞受賞